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名古屋高等裁判所 昭和27年(ネ)135号 判決

本判決は被控訴人に於て金二万円を担保として供託するときは仮に執行することができる。

二、事  実

控訴人は原判決を取消す被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決並仮執行の宣言を求めた。

被控訴代理人の事実上の陳述は、被控訴人は前戸主亡千種健一の葬儀が取り行われた昭和二十一年七月十五日の前日親族の協議と九鬼村地方の一般慣習に従い、母千種志満乃に依て右健一の家督相続人に選定せられたのであつて、このことは右健一の葬儀の際被控訴人が健一の位牌を持つて葬儀に列した事実に徴し明確である、而して家督相続人の選定行為は民法上要式行為ではないから選定行為があればそれで右選定の効力を生じ之が戸籍届出は右選定行為の成立要件ではない控訴人主張の戸籍謄本に関する身分関係は争わないと陳べた外原判決事実摘示と同一であるから茲に之を引用する。

控訴人の答弁は被控訴人が亡千種健一の弟であること同人が昭和二十年五月十六日戦死したこと、同人は被控訴人主張の家屋を所有していたこと、同人が株式会社百五銀行九鬼支店と預金取引があつたこと、控訴人が被控訴人の姉千種なつみと昭和二十四年十月十九日婚姻し祖母千種たまと本件家屋に居住していたこと、右たまは昭和二十五年六月十三日、なつみは同年七月八日夫々死亡したこと、控訴人は右同人等死亡後大阪に居住し本件家屋には居住しないこと、健一の右銀行預金通帳と之の使用印鑑は同人死亡後祖母たまが保管していたが右たま死亡後は控訴人に於て之を保管所持することは何れも之を認める、亡健一が本件家屋を祖母たまに無償で居住せしめていたこと、右たまの死亡に依り右使用貸借が終了したこと並被控訴人が右健一の家督相続を為し本件家屋の所有権並本件銀行預金債権を承継したことは何れも否認する。右健一には法定並指定の家督相続人がなかつたから之が家督相続人を選定すべきに拘わらず、之が未選定の中に昭和二十三年一月一日から新民法施行せられ同法附則第二十五条第二項に依ると民法応急措置法施行前に家督相続が開始し新法施行後に旧法に依れば家督相続人を選定しなければならない場合にはその相続に関しては新法を適用するとあるから右健一の相続に関しては新法の適用を受け同法第八百八十九条に依り被相続人健一の直系尊属たる実母岡本りき乃(健一の実父千種嘉平と大正十一年十一月九日協議離婚実家岡本姓を呼称)が之を相続し同人は昭和二十二年三月九日死亡したので同人の直系卑属である千種なつみ(控訴人の妻)、同伊藤田恵子、同大道千田子の三名が右りき乃の共同相続人となつたところ右なつみは昭和二十五年七月八日死亡したのでその夫である控訴人となつみの直系卑属千種建章の二名がなつみの相続人となつた、而して右伊藤田恵子、大道千田子は何れも岡本りき乃の相続を抛棄(目下法律上の抛棄手続中)する意思を表示しているから岡本りき乃の相続人は亡なつみ一人であつて同人の相続人である控訴人と千種建章は右健一の財産に関する一切の権利義務を再転相続に因り承継したものである。被控訴人は健一の選定家督相続人であると主張するけれども左様なことはない、即ち千種健一の実父千種嘉平は大正十一年十一月九日妻りき乃(健一及びなつみの実母)と協議離婚後庄司志満乃を妾とし同人との間に庶子たる被控訴人、同千種洋子、同千種美幸の三子を儲け昭和十四年一月十六日嘉平と志満乃は婚姻届出をなし爾後志満乃等は千種家の家族となつたが志満乃は嘉平が翌一月十七日死亡すると莫大な負債の跡始末を逃がれる為、老齢の嘉平の実母千種たま及継子健一及なつみを千種家に置きすてて実子嘉人外二名を連れて出奔したので祖母たまは右志満乃の薄情な仕打を憤り爾来志満乃親子を同家に寄せつけず、健一も長ずるに及び継母志満乃親子を忌避していたものである。右たまは健一の応召中無事凱旋を待望していたが不幸戦死の報に接し悲嘆の余り病床に伏するに至つたが千種家の跡目を相続するものとして控訴人を孫娘なつみの婿に迎えたのであるが其の挙式には志満乃や被控訴人を列席せしめなかつた、其後右たまの病勢俄かに悪化し昭和二十五年六月十三日死亡したが、その葬儀には控訴人は九鬼村地方の習慣に従い同家の相続人としてたまの位牌持ちをした、次で妻なつみも亦同年七月八日投身自殺を遂げたが右は何れも千種金助(たまの長女ちよの夫)の執拗な千種家の財産分与請求を苦にした結果である。

斯の如く控訴人は事実上千種家の相続人となつたが法律上の手続を履践していない上たまやなつみが相次で死亡し控訴人が同家の実情に通じないのを奇貨とし一派のものが同家と血縁のない控訴人を排し同家と縁故あるものを相続人とし様と企み昭和二十五年十二月五日九鬼村役場に被控訴人の家督相続届及之に添付する選定証明書を提出して戸籍の届出を終了したのであるが右書類に依れば昭和二十一年十月四日実母千種志満乃が被控訴人を健一の家督相続人に選定した上之が届出を為した事になつているが、かかる選定行為は全然虚構の事実である、右選定証明書は新法の適用を免れるため右届出の時故らに日附を新法施行前に遡及さして作成した虚偽の文書なること右文書と相続届書との紙質文字の色合等の同一なる事実に徴し明かである、従て被控訴人は健一の選定家督相続人ではないのに前記の様に虚偽の家督相続届を提出して役場吏員をして戸籍簿の原本に不実の記載をなさしめ更に所轄法務局に虚偽の登記申請書を提出して登記官吏をして登記簿の原本に家屋の所有権移転登記に関する不実の記載を為さしめたのである、然れば被控訴人は健一の選定家督相続人でないから健一の財産に属する一切の権利は被控訴人に移転の効果を生じない、却て控訴人に於て共同相続に依り該所有権を取得したものであるから被控訴人の本訴請求は失当である、尚本件家屋には目下控訴人の父大川沢吉が居住し控訴人は右沢吉から家賃を貰つていると陳述した。

<立証省略>

三、理  由

被控訴人の父千種嘉平(昭和十四年一月十七日死亡)は先妻千種りき乃(実家岡本姓大正十一年十一月九日協議離婚)との間に千種健一と千種なつみの二子を儲け後妻千種志満乃(昭和十四年一月十六日婚姻届出)との間に被控訴人外二名の子女を儲けたこと、右健一は右嘉平の家督相続を為して戸主となり被控訴人主張の三重県北牟婁郡九鬼村大字九木浦三百八十六番地の二家屋番号同所二百十二番、木造瓦葺二階建居宅一棟建坪二十坪二階二坪二合五勺の家屋を所有し、又株式会社百五銀行九鬼支店との間に預金取引があり之が預金通帳並之に使用する印鑑を所有していたこと、右健一は太平洋戦争に出征し昭和二十年五月十六日戦死したこと、同人には法定及指定の家督相続人がなかつたこと、控訴人は昭和二十四年十月十九日千種なつみと婚姻したこと、本件家屋には嘉平の母千種たま、同健一、同なつみ等が居住し控訴人はなつみと婚姻後之に同居するに至つたこと、右たまは昭和二十五年六月十三日、右なつみは同年七月八日夫々死亡したこと、健一の前記銀行預金通帳並その使用印鑑は健一戦死後はたまが之を保管し、たま死亡後は控訴人に於て之を保管所持すること、及控訴人は妻なつみ死亡後大阪に移住し現在本件家屋に居住せず、実父大川沢吉に居住せしめていることは何れも当事者間に争がない、而して成立に争のない甲第一、二号証、同第四号証、原審並当審証人千種志満乃、同千種金助、同桝田拡太郎、原審証人川上一政、当審証人稲葉信次郎、同大川晴義の各証言を綜合すると、前戸主千種健一の戦死公報は昭和二十一年六月中旬に通知され、同年七月十五日健一の葬儀が行われたが此葬儀に先立ちその前夜その葬儀に於て健一の位牌を持つ者につき右志満乃は親族一同と協議した上九鬼村地方では相続人となるものが位牌を持つ慣習が行われているところから健一の弟である被控訴人を相続人として位牌を持たせることに決定し葬儀当日被控訴人に於て健一の位牌を所持して葬儀は終了したこと、健一の相続人を被控訴人とすることに定めたものの当時戦死者と発表されたものが突然生還する事例が往々あつたので之が戸籍届出を延期していたところ、前記たま及なつみ死亡後控訴人が健一の相続人である旨主張し出したので急ぎ昭和二十五年十二月五日所轄役場に選定家督相続の届出を了した事実を認定することが出来る、控訴人の援用する当審証人川上壮右ヱ門、同大川沢吉、同榎本富蔵の各証言では右認定を左右することはできない、以上の事実に依れば被控訴人の母千種志満乃は親族一同と協議の上昭和二十一年七月中に健一の家督相続人としてその弟の被控訴人を選定したことが明かであつて右選定は旧民法第九百八十二条に適合するものであるから志満乃の右家督相続人選定行為は有効であると謂わなければならない。

控訴人は被控訴人が選定家督相続の届出を為したのは昭和二十五年十二月五日で右届出に添付した千種志満乃の選定証明書の日附は昭和二十一年十月四日となつているが右家督相続届書と右選定証明書の各用紙の紙質文字の色合等が全然同一であるところから、右選定証明書は昭和二十一年十月四日当時作成されたものでないこと明かで、右は新民法附則第二十五条第二項の適用を免れるため故らに日附を新民法施行前に遡らせたものであるから、右選定行為は虚構の事実であると主張するけれども控訴人の提出援用に係る証拠では未だ右事実を肯認するに足るものがないのみならず、家督相続人の選定は要式行為ではないから之を選定する行為があればそれ丈で選定の効力は発生し、之が戸籍上の届出も選定家督相続の効力発生の要件ではないと解するから選定行為があつた時家督相続人は確定し相続開始当時に遡つて相続人たる地位を保有するのである、又右選定家督相続届に添付することを要する選定を証する書面(旧戸籍法第百二十六条)は選定行為のあつたことを証明する書面で別段方式の定めはなく、選定行為のあつた時同時に之を作成しなければならないものでもなく後日之を作成するもその証明書たる性質に反するとは解されないから、千種志満乃の前記選定証明書作成の日附が仮りに控訴人主張の昭和二十一年十月四日でないとしてもそれ丈で前段認定に係る志満乃の選定行為を否定し去ることは出来ないものと謂ふべきである、又新民法附則第二十五条第二項本文は民法応急措置法施行前に開始した家督相続に関し新法施行期日までに旧法に依る選定行為が為されなかつた場合に新法を適用すると云う趣旨であつて、此場合選定行為さえあれば旧法の適用があり之が戸籍上の届出は必要としないと解するのを相当とするから本件は右法条を適用すべき場合に該当しないことも明かである、従て右認定に反する控訴人の主張はすべてその理由がない、仍て被控訴人は母千種志満乃の適法な選定行為に因り前戸主千種健一の家督相続人に選定せられ健一の死亡当時に遡つて千種家の戸主たる身分を取得し前戸主健一の権利義務を包括的に承継取得したものと認むべきである、而して登記所作成部分の成立に争なく、爾余の部分も真正に成立したと認められる甲第三号証に依れば被控訴人は本件家屋につき昭和二十五年十二月八日家督相続に依る所有権移転登記手続を経由したことが認められる、而して本件家屋には前戸主千種健一存命中は同人とその家族である千種たま、同なつみの三人が同居していたが健一死亡後は右たま、同なつみが居住し控訴人が右なつみと婚姻後は同人も之に同居していたことは前段認定の通りであるが右たま、なつみ等が本件家屋に居住していたのは戸主健一の扶養義務ある家族として健一の許諾の下に同居していたのであつて特に其間に使用貸借契約が存したと認むべき証拠に乏しい、控訴人もなつみとの婚姻に依り本件家屋に妻なつみと同棲していたものと推認し得られる然るに右健一は昭和二十年五月十六日戦死し、被控訴人はその家督相続を為して本件家屋の所有権を取得し右たまは昭和二十五年六月十三日、たつみは同年七月八日夫々死亡したから健一の家族としてその許諾の下に本件家屋に居住する関係は同人等の死亡に依り消滅したものと謂うべく、控訴人は右健一の死亡後なつみの配偶者となつたもので控訴人が本件家屋に同居するには当然本件家屋の所有権を取得した被控訴人の許諾を要すべきであつたのであるが、かかる許諾の事実の認むべきものがなしい他に控訴人が本件家屋を占有し得べき正権原につき何等の主張立証もしていないから控訴人の本件家屋の占有は不法のものと謂うべきである。もつとも控訴人は現時大阪市に居住し本件家屋に居住していないことは当事者間に争なきも、控訴人は本件家屋に実父大川沢吉を居住せしめ同人より家賃を受取りいることを自認しており又当審証人千種志満乃、桝田拡太郎の証言によれば控訴人は被控訴人方の明渡請求に応ぜず却つて密かに本件家屋を自己の所有にせんと画策していることが認められるから控訴人は依然本件家屋の占有を継続しているものと謂うべきである、従て控訴人は被控訴人の所有権に基く明渡請求に応ずべき義務あること明瞭である。

次に健一と株式会社百五銀行九鬼支店との間の預金取引に依る同人所有の銀行預金通帳並之が使用印鑑は同人の家督相続人である被控訴人が承継取得したものであるから現に之を保管所持することを自認する控訴人は被控訴人に返還すべき義務あることも亦明かである。然らば被控訴人の控訴人に対する本件家屋の明渡並前記銀行預金通帳及之が使用印鑑の返還を求める本訴請求は理由があるから之を認容した原判決は相当である、仍て控訴人の本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四条に則り之を棄却すべく訴訟費用の負担につき同法第八十九条第九十五条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し主文の通り判決する。

(裁判官 中島奨 石谷三郎 県宏)

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